意識とはなにか?人は死んだらどうなるのか

考え・意見

意識とは何でしょうか?魂とは何らかの物質的なものなのか、それともエネルギー体のようなものが存在するのでしょうか。

人が死んだら何が起こるのかを考えることで、意識とは何かが見えてきます。

結論から言うと「人は自身の死を認識することはなく、過去の体験を本物の人生として永続的に繰り返す」ことになります。

そして、その結果として意識とは反射反応の連続ということが分かります。

これがどういうことなのか、具体的に解説していきます。

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死の直前で時間が止まる

私たちが「世界」を知覚する方法は主観的であり、脳が情報を処理し意識を生むことで成立しています。このため、世界そのものは「自分が認識している限りでしか存在しない」という独我論的な解釈が成り立ちます。

もし意識が時間の終わりを感知できないと仮定するならば、時間が永遠に引き伸ばされるかのような状態となります。

死の直前には五感がすべて機能停止して現実からは切り離されるので、脳が作り出した夢の世界に入り込みます。

そこでは、現実の時間の流れとも切り離され、時間がまるで停止したかのようになります。

ただし、これは外部から観測することができた場合にそう見えるということです。実際は、時が止まると光も動けなくなるので何も見えないので、物理法則を超えた神の視点ですね。

当人は、それまでと同様に時間の流れを感じます。

  1. 主観的に認知している限り、世界は存在する。
  2. 主観的な終わりを感知できないならば、意識にとって時間は永遠に続くように感じられる。
  3. この「永遠」は物理的ではなく、主観的・認知的なもの。

ここでいう世界とは、当人の作り出した夢の世界であり、現実世界とは完全に切り離されたものです。お互いの世界が他方に何らかの影響を与えることは一切ありません。

複数の死者の認知状態を比較した場合も、それぞれが独立した主観的な時間軸を持っており、互いに干渉し合うことはありません。

そしてこの認知世界は、当人がもつ記憶や死の直前に認識していた世界が再現されます。

過去を半永久的に追体験する

永遠に時間が引き伸ばされた認知世界では、時間の感覚が崩壊します。

「過去」「現在」「未来」といった時間的な区分も失われます。

「今」がどこにあるのか分からなくなってしまうため、過去の記憶を半永久的に追体験することになります。

夢の中で目覚めたらまだ夢だった、といった状態に似ています。

そこでは、自己認識もその記憶当時のものに入れ替わります。

10歳の記憶であれば、自分が10歳だと思い込んで振る舞うでしょう。当然ですが、未来の出来事や自分が亡くなったことはすっかりと忘れて当時の記憶に没入することになります。

ただ自己認識は、それぞれの記憶ごとに高速で入れ替わりが行われるため、当人は途切れのない人生を歩んでいるかのように感じるでしょう。

つまり、当人は認知できないため、現実と死後の世界を分けて考える必要もないということになります。

まさに今、この瞬間が死後の夢の中だという可能性はありますし、それを肯定も否定もする術はありません。しかし、それが認知できない限り、私達は確かに「今」を生きていることになります。

記憶の再認識は起こらない

死の直前に訪れる認識世界は、夢とは違った点があります。

肉体の死によって体や脳の機能は停止状態にありますから、記憶の改変や再認識も起こりません。

意識が「永遠に続く」としても、その範囲は生前に認識していた記憶や感覚に限定されます。新たな情報の追加や編集はないため、意識は過去に蓄積されたデータだけを参照します。

記憶の再生時には、その記憶が現在進行形で起こっているように感じられるため、時間の感覚がない状態では意識はその記憶を「今」として体験し続けるように感じるでしょう。

空を飛ぶとか、水の中でも息ができるといった非現実的な事象は起こりません。また、もし昔に戻ってやり直せたらといった願望を実現するような行動もできません。

ここでの体験が備蓄されることはなく、それぞれの記憶へ干渉し合うこともありません。

意識は反射反応

死後の状態では新しい刺激や情報が加わらないため、意識は過去の反復に閉じ込められます。

この仮説が成り立つとすると、自己意識とは過去の体験を元にした反射反応の連続だと考えられます。

自己意識や自己意識というものは幻想であり、この世界は決定論的な状態と言えます。

しかし、主観的な意識の中では、その時々の決断が結果につながることには変わりなく、決断という体験は存在します。

何らかの物質的なものやエネルギー体としての魂はありませんし、輪廻転生や幽霊の存在も否定されます。

意識とは反射反応という現象であり、魂は概念としてあるだけです。

高次元における意識のあり方

私達は3次元の世界に生きていますが、4次元の観察者から見た景色を思考実験することで違った捉え方ができます。

時間の概念が取り払われた4次元の観察者からは、すべての記憶が量子的に重なり合った状態として認識できます。

3次元の世界では決定論的に見えた世界は、上位の次元では必ずしも支配的ではなくなります。

自由意志においても「過去」「現在」「未来」という時間的な概念に囚われることなく確率的に分布するものであり、その可能性はより広がりを持つことができます。

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